テキストとコンテキストの2つの戦線での斗い ケン・ローチの事例に即して

山谷争議団 荒木剛

〈1〉 62才にもなると昔の様に活字が読めなくなって来た。フィジカルに字が読みづらいのだ。つまりは眼の老化。5~6年前からは趣味の古本屋廻りに美術展廻り(ロシア構成主義の世界への波及及び工芸・印刷・建築など現実世界への波及を中心に…)が加わったが、美術館という制度化された展示空間を取りまくモノへの異和感がぬぐいがたく、つまりは自分がスノッブの世界に加担してゆくという異和感につきまとわれるのだ。
そんな中で、以前からレンタルビデオ屋が放出した映画(映像)などを安く買ってはいたが、その後、ビデオデッキ・受像機も無くなっていた。昨年、ビデオデッキ内蔵の受像機をもらって以降、安いVHS ビデオ集め(と視ることが)に拍車がかかって来た。始めは名前だけは知っていた台湾の侯ホー・孝シャオ賢シェンや中国㐧五世代の作家達、南米や東欧、アラブ、アフリカ圏の作品等、安く、映像を通して世界の多様さを知る、という実利と、日本での配給・製作の“希望の星”であった〈シネ・カノン〉(2010年倒産)系統を追っかけて探していた。
90年代初頭に、次々とケン・ローチを配給し、ビデオでもケン・ローチコレクションを出していたのが〈シネ・カノン〉だった。ケン・ローチのビデオを手に入れ見てゆくなかで気付いた事は、何と7作品を映画館で見ていた、と云うことだ。始めてケン・ローチを知ったのは、96年末、岩波ホールでの『大地と自由』を当時、山谷にいた若い活動家から「是非見るべきだ」とすすめられた時だ。それが続いて当時の映画好きの友人のビデオレンタル屋のカードを借りて見た『リフ・ラフ(最下層労仂・とんでもねえ仕事!)』で一挙にファンになった。スペイン内戦(革命)を描いた①『大地と自由』は、新左翼系に取っては当然のソ連―共産党の左翼の裏切りをテーマとした、ファシズムVS 民主主義にとどまらない、ファシズムVS 民主主義内での共産党の裏切りVS 潰されてゆくPOUM、アナキズムという三層構造の映画だ。②『カルラの歌』、③『ブレッド&ローズ』、④『麦の穂をゆらす風』、⑤『この自由な世界で』、⑥『ルート・アイリッシュ』、⑦『天使の分け前』を映画館で見ている、というのは自分で驚きだった。90年代の末、他の映画好きの活動家と、これもケン・ローチの影響下でのイギリス映画『ブラス』と『フル・モンティ』のどちらを評価するか、という議論をしたという記憶が鮮明で、この両作品とも自分はビデオで見たからだった。

〈2〉 〈テキストとコンテキストの二つの戦線での斗い〉とは、確か70年代初頭に当時活躍していた新左翼系評論家、津村喬がゴダールに触れて書いていたコトと記憶しているが、定かではない。ただ芸術的前衛アバンギャルドが、革命の芸術/芸術の革命と云った先は、政治と芸術の二項対立世界で、ここでも共産党の裏切り―スターリニズム批判だけで、具体的な方向性を見い出せないのに比して、2つの戦線での斗いは困難だが、現実性のあるスローガン、として心に残っていた。何故、ケン・ローチが好きなのかと問われれば、映像をめぐって二つの戦線での斗いを担い抜いている存在として他に類を見ないからだ。
それは、まずテキスト(作品)評価が先行する。例えば『ケス』はストーリー展開というより、映像(画像)が好きだ、と云う人が多いだろう。その画像への評価は、撮影のクリス・メンジスに帰せられるだけのものではない。又、「納得のいく色調を出すまで、7、8回のアンサー・プリント(上映用プリントを焼く前に、色調などを確認する前に作られるプリント)を要した」(『まなざしの力/ケン・ローチ回顧展』・川崎市民ミュージアムの『ケス』解説)という技術問題だけでもない。『ケス』を撮影したクリス・メンジス(67年から86年までケン・ローチのTV・映画を撮影すると共に、87年には自らの監督作品『ワールド・アパート』で88年カンヌ国際映画祭主演女優賞・審査員特別大賞受賞、(リチャード・アッテンボローの『遠い夜明け』と同様の南アのアパルトヘイトと斗う白人記者と家族を主軸に描いた作品で、アッテンボローのサスペンスや群衆シーンの規模にはおよばないものの、状況の中での母―娘のかっとう等、ケン・ローチの影響が大きい。)ポニーキャニオンで〈シネスイッチシリーズ〉としてビデオ有)は、『ケス』の前に、リンゼイ・アンダーソン『if もしも…』でチェコの撮影監督、ミロスラフ・オンドリチェクと一緒に働いた。オンドリチェクはチェコニューウェイブ(ヌーベルヴァーグ)時代のミロシュ・フォルマン(ミロス・フォアマン『カッコーの巣の上で』(75年))の代表作『ブロンドの恋』(65年)、『火事だよ!カワイ子ちゃん』(67年―共にDVD“チェコ怪奇骨董幻想盤”エプコット有)を撮影。クリス・メンジスを通して、ケン・ローチの映画製作の美学に多大な影響を与えた。
「私たちが撮影している場所が画面そのものよりむしろ明るくなるようなやり方で、シーンを明るくすることだった。そのことはたいへん重要だった。というのも、それが意味したのは俳優たちの動きが正確でなければならないという観念を省くことができることだったし、またそれによって俳優たちが解放されて思いのまま動き回ることだったからだ。
光が誰にも民主的に、質素に当たるように、私たちは場所を明るくしたかったんだ」(グレアム・フラー編『映画作家が自身を語る ケン・ローチ』フィルムアート社)「光を民主主義的にあてる」――これが『大地と自由』を、『カルラの歌』を、『麦の穂をゆらす風』を、『この自由の世界で』を、『天使の分け前』を、『レイニングストーン』を好きな画像にするものだ。例えば同じアイルランド独立を描いた『マイケル・コリンズ』(96年、ニール・ジョーダン監督、撮影クリス・メンジスとケン・ローチの『麦の穂をゆらす風』(06年)を見比べて見た時、画像の違い、ハッキリ「美しさ」―画像のシャープさではない“美しさ”―が違うのだ。(『マイケル・コリンズ』も大変良い映画だ、と私は思うが)

〈3〉  立ち位置を指示しない演出法と共に、ケン・ローチ演出法の最大の特性は〈1〉ストーリー(物語)の時系列順にシーンを撮る、〈2〉俳優には、ストーリーも脚本も渡さず、シーン撮影の直前(か前日)に、簡単なト書きとセリフを手渡す、というものだ。
そのかわり、シチュエーション(状況)と背景については伝え、俳優に、その時を生きたリアクションを期待するというものだ。例えば『カルラの歌』のカルラはニカラグアで悲惨な事態から逃げてイギリスのグラスゴーでジョージと出会う。カルラがグラスゴーで、ニカラグアでの悲劇的な事態を悪夢として見る時、一端ニカラグアへ行って悪夢シーンを撮り、グラスゴーへもどり、その後、ジョージと共にニカラグアへ行く。普通の映画制作は、ニカラグアのシーンは悪夢シーンも、ジョージとの同行シーンも一度に撮って、後は編集で切り貼りするのがあたり前だ。(理由は、やっぱり、金だと思うが)。ケン・ローチは、ストーリー順にシーンを撮影を重ねることで俳優に背景を体験させ、新たな状況については、直前に与えられた比較的自由度の高いセリフと演技を行なうが、応々に劇的な展開(サプライズ)は伝えられておらずに俳優はその時を実体験する。サプライズに出会ってのリアクションは演技不用の演技であり、生の実体験を生きる。ここでは当然の疑問が起こる。映画製作の美学とは、脚本家や監督だけのものではないか?映画を支配する者とされる者が在るのではないか?「実際に私は“民主主義”という言葉を使うことが出来ないんだ。というのも結局のところ、私がやることはほとんど操作すること―そうあらねばならない―だからだ。2・3人だけがレンズを通して見ており、2・3人だけが起こるべきものを判断することが出来るんだ。…が、紋切り型だが真実であるのは、誰もが製作を台無しにできるし、また誰もが製作に貢献できる、ということだ。」「重要なのは、誰もが自分のやることを気持ちよくやることだし、誰もが尊重されなければならないことだ。」(グレアム・フラー編『ケン・ローチ』)そして、「政治は映画製作の美学を通して表現される」(ケン・ローチ)

〈4〉 〈テキスト〉を誕み出す条件、映画製作の美学の領域ですでに予定の倍以上の量になってしまった。本来は、〈コンテキスト〉=“界”(映画(業)界やTV(業)界)でのケン・ローチの文字通りの苦斗を伝えたかったのだが、ダラダラした文章をこれ以上書くのは止めて、ケン・ローチの近況を少々。
『天使の分け前』の後、13年春『The Spirit of‘45』というドキュメンタリーがケンの最新作だ。この作品の反響を何と㐧4インター系の『かけはし』という党派機関誌(㐧2273号)で知った。『ケン・ローチの呼びかけの衝撃波』という一面と1/4量の政治論文だ。ただ新作を『45分のスピリッツ』というのは誤訳だろう。ケンをめぐっての情報は「この映画は3月中旬、50の映画館で同時に封切られ(多くが満員)、一ケ所の映画館ではその後質疑応答の時間が設けられたが、それは他の多くの映画館にも引き継がれた。
ケン・ローチはその中で左翼新党に向けたアピールを行なった」というものだ。