あやかしの池

秋浜立

山の中に水族館劇場の秘密基地のような場所がある。
天幕資材や芝居道具を保管しているところだ。

仕事が休みのその日、僕は朝から電車に揺られ、秘密基地へと向かっていた。
水族館劇場の技を学ぶためだ。水族館の芝居の特徴である巨大な天幕を作るには、いったいいくつの技が必要なんだろう。様々な仕掛けや装飾を生み出すために、どれぐらいの秘技があるんだろう。次の公演に向けて、僕は様々な技を身につける必要があるのではないか。
そのために山へ向かうことになったのだ。

電車で数時間、とある駅で降りる。無人駅だ。古びた駅舎を出れば、山々に囲まれた秘境。都心で生活している僕には、ここが東京だと言われても「え?」と思ってしまう。紅葉の時期で赤や黄に彩られている山々を眺めながら、国道をしばらく歩く。谷へ降りていく脇道がある。しばらく進んでいくと、鬱蒼とした木々の中に、小屋が現れる。そこが水族館劇場の秘密基地だ。

一見廃屋のような小屋は、夏の間に成長して小屋を覆った夥しい蔓草。外には様々な鉄材や木材が集積されている。中に入ると薄暗いが、うず高く様々な道具が並んでいる。これが水族館の芝居を作っているのだ。
講習作業が始まる。様々な用語がでてくる。よくわからない。ぼくは木材を切り始めた。山に音が谺する。

山々や河を住処とし、漂泊しながら生きていたサンカと呼ばれる人々。彼等のうち、若い者はある期間、丹波にある隠れ里で修行をしたという。暗行法、密法法、身伏法、グドウ作成、、、というのようなことが本に書いてあるが、修業に出るという話は、最近の創作だという。そんなものか、と思う。

教えを受けながら、作業を続けていると、女性が「あ」と声をあげた。作業場の側には、人が住んでいない民家がある。今にも朽ち果ててしまいそうな廃屋だ。その戸の前で女性は「蜘蛛がいる」と言った。「綺麗」だと言う。側にいってみれば、なるほど、大きな蜘蛛が戸に巣を作っている。蜘蛛の大きさは親指ぐらいなんだけど、とにかく色が凄い。赤色、黄色、黒色がまだらになっている。禍々しい。「これは綺麗といえるのか?」と思う。だけど、見つめているうちに目が離せなくなる。狂っているようなリズミカルな色彩。なぜこんな色になってしまったんだろう。この色彩は本当なんだろうか。太古の記憶を伝える力強さ。でも本当なんだろうか。
ほんの少し蜘蛛が動く。赤と黄色がゆれ動く。なるほど、やっぱり綺麗なのかもしれない。
蜘蛛は巣を、引き戸と壁の間に張っている。戸は少しだけ空いていて、隙間から中が見える。巣ごしに覗いてみる。暗い。少し怖くなったので目を放した。
その日、僕が作れたのは板一枚のみだった。

帰宅して調べたら、あの蜘蛛は「女郎蜘蛛」という名前だと知った。あやかし、たぶらかす妖怪は別名。