水族館劇場、ーこの挑むべき砦

チェン・スウリー

今回の静岡公演をどうとらえるか?

6月頭の集まりの際に、左門さんからこの投げかけがあった場面で、

「チェンのやる気はいったいどうなってるんだ」

と問いただされることがあった。僕は、その言葉はその場に居合わせた人たちすべての共通した感触なんだというふうに空気を理解し、その時には戸惑ってきちんと言葉を返すことが出来なかった。僕には、みんなにそう感じられるようなものがありながら、どうしてそうなっているのかという明確な理由を示すことが出来なかった。家に帰ってからもずっと自分に問い続けたし、この静岡公演までの期間中ずっと僕にとってそのことは頭から離れない問いかけとなった。

結果、今回の公演は、ただ単に水族館劇場の新しいスタートとしての公演であるという意味合い以上に、自分自身と水族館劇場との関わり、自分が芝居を続けていくということについて、また集団の一員であることの責任、などについても自分を見つめ直して、総ざらいする公演となった。

とにかく苦しかった。

本公演や、さすらいも、もちろん体力的にはそうとうしんどいし、自分を追い込んでゆく苦しさはあるのだけど、なにか、

「なにくそ! 負けてたまるか!」

みたいな、ここで踏ん張らなきゃどうすると自分を叱咤するような熱いものが自分の中にはあった。それがこの公演では、そんな感情が自分の中にはもはやないという気がしていて、ただただ

「辛い、しんどい、悔しい、きつい」

と、自分の気持ちを重たくし疲れさせる感情しか沸き起こってこなかった。せっかく毛利先生からほめていただいたことも、どうしてもいぶかしく思えて前向きな気持ちには繋がらず、自分のひねくれた性格をただただ再確認させられただけだった。公演を終えた後、心に残ったのは、達成感と呼べるような清々しい感情では決してなかった。それは、なにかどんよりしたもの。

この暗く沈んだ感情はなにか?

一言でいえば、この先もずっと僕はこれを続けてゆくのかという迷いと憂鬱だったと思う。

積みおろし作業がある為まっすぐ大和に向かうことになった僕は千代次さん風兄さんと3人で電車に乗った。その道すがら、ふたりにいろいろと問いかけられながら、真剣に話しを聞いて僕と向き合ってくれようとしているふたりの姿勢に対して、適当に返答をごまかしてやり過ごすわけにもいかず、僕は今抱いている迷いを打ち明けた。

「これで辞めたい」

という考えもあるということを初めて口にした。

千代次さんも、風兄さんも、自身の僕に対する発言や言い方に、なにかしら自責するようなものがあったように言われていたが、ふたりに対してはっきりと「そんなことはありません!」と僕は言いたい。それはほんとうの気持ちで、なんら間違ったことを言われたような感情も反発すらもありません。

これで水族館劇場を辞めようと思ったこと、この公演に向けての期間中ただただ辛くて憂鬱だったのは、これまでの、どうにか乗り越えてやろうとする気概を持ち得なくなってしまった僕の心境の変化にある、総括までの間によく自分の内面と向き合って僕の結論を出したいと思ってると僕はふたりに話した。

千代次さんは、自分も何度もなんども辞めたいと思ったけど、舞台に立ちたいという思いの方がやっぱり強かったということを話してくれた。

僕の場合はどうなんだろう・・・・。舞台に立ちたい、芝居を続けたいという情熱があるとは決して言えないなと思った。

けれども、僕は、少なくとも花見をみんなでやった頃、いや、この公演を迎える直前まで、

「何があっても、辛くても悔しい思いをしても、しがみついて絶対に辞めないぞ!」

くらいのことをよく思っていた。花見の時にはそんな気持ちもみんなの前で語った。言ってみれば僕は、水族館劇場に逃げてきたんだ、自分の表現と向き合うためにここでなにかしらを掴みたい、利用したいと思っているんだと話した。

千代次さん、風兄さんに打ち明けたことは重く受け止められ、桃山さんにきちんとそれは相談してほしいと連絡があった。

桃山さんと僕、千代次さんと風兄さんも立ち会い、途中から心配して左門さんも仕事の後に加わってくれた。桃山さんからは、

「お前がいま辞めると言うなら直ちに水族館劇場は解散だ!」

と激しく叱責を受けた。

昨年「嘆きの天使」公演の後、もう内部の事情も充分に覗けたんだし、水族館の様々なことをかいま見れたのだから、こんな辛いこと続けなくていいんじゃないか、辞めた方がいいんじゃないかと話してくれた桃山さんに対して、きっぱりと「いや続けます」と僕が言ったのは、あれはなんだったんだ、と問い詰められた。

もちろん、その時の気分で気持ちがゆらいでしまうような話しでは、到底、納得してもらえるようなことではないと僕もよくわかっていたので、僕は返す言葉にも詰まった。

桃山さんには、強い口調でずいぶんときつい言葉もぶつけられたが、体当たりで向き合ってくれていることは馬鹿者の僕にも理解できた。

「もったいないじゃないか、逃げてばかりでいいのか」

の言葉をすんなりと、ああ、これはほんとうに僕のことを思って言ってくれている人の言葉だと、僕が受け止められたのは、桃山さんが、普段、僕が肉を食べないということを尊重してくれているからだった。

僕は、あるときから肉を食べたくない感情がどんどん強くなっているんだということを桃山さんに打ち明けたことがあった。その時には、こてんぱんにその思想は間違ってるし矛盾してると指摘された。

にも関わらず、自身の思想とは相容れない肉を絶った僕に細心の注意を払ってもっとも気遣ってくれたのは桃山さんだった。飲みに行った場でも、今回の静岡での弁当の時にも、ほんとうならいちいち面倒くさい、しかも自分の意見とは異なる立場の僕の「肉が食べれない」ことに心を砕いてもらった。

だから、ほんとうは、自分の感情に支配されて、逃げ出したくなってしまうような甘ったれた僕のことは、桃山さんは好きではないかも知れないけど、引き受けてくれているんだ、どうにかもっと僕が願っているような表現とのせめぎ合いを体現できるように、少しでもよくしようと心を砕いてくれているのではないかと理解した。

そして、僕の迷いの種でもあった、他の劇団員は水族館劇場の方をむいているけど、僕の向いてるのは、もっと野心的なもので、水族館の外に向けられているということ、つまり、自分の表現、なにか自分でやりたいことのために水族館劇場でなにか掴んだり利用したいと思っていることに対しては、それも実現すればいいじゃないかと言ってもらった。

僕のもとに集まってくれたクリエイターたちで構成するジャンク派の仕事を放ったらかしにして、なかば強引に水族館に飛び込んでしまった僕は常に後ろ髪を引かれるような思いがあったけど、ちゃんとそっちもやればいいじゃないかと言ってもらえたことは、ずいぶんと僕の気持ちを軽くした。

僕がそれこそ後先考えずに水族館劇場に飛び込もうと決意したのは、2年前の夏、「谷間の百合」の巡業の始まる前だった。

稽古が始まってしばらくしたころ、僕は、劇団とは別の私生活の方で、僕にとってはどうしても許し難い扱いを受けたことがあってその怒りで何も手が着かない状況だった。

仕事関係で知り合った「コンサルタント」を名乗る輩が、僕の仕事上での立場を失脚させたのみならず、こそこそと陰で裏切り行為を働き、僕のもとに集まったデザイナー、クリエイター仲間をそそのかし、しかも、僕に対するいわれのないようなことを書き連ねてネット上で配信されるという目に遭った。恩を仇で返すようなあからさまな裏切りにあい、唖然としていた時、

「チェンさんをコケにして許せないから、そんなやつヤッちまおうよ!」

と、歌舞伎町で無頼な人たちの世界に足を突っ込んでいたころの僕の後輩ふたりが申し出てくれ、その「コンサルタント」が開催するセミナー会場に殴り込みにゆく意を決した。

外見によらず素行のよくない僕は留置所にぶち込まれた経験も一度ではないので、もし乱闘騒ぎになった際に警察沙汰になったら、劇団に迷惑がかかってしまうということを桃山さんに相談した。

桃山さんが、そのとき、この僕の愚行をなにも咎めるでなく、了承してくれたことをいまでもよく覚えている。

「もし留置所に入れられたら、身元引受人になるから」

とさえ言ってくれた。

そういうことがあったにもかかわらず、僕は、桃山さんがあの時の僕と同じように怒りと失意にくれていた一年前、千代次さんの再三の呼びかけにもかかわらず、さすらい姉妹を放棄して寄せ場のひとたちとの関係を断っていった役者と、それでも芝居を続けることを決意した役者たちにわかれた後、話しあいの場で「水族館を去っていった人たちに僕は個人的になんらわだかまりを持ってはいないんだ」という旨の発言をした。桃山さんに「そこには意図があるのか?」と問われた僕はそんなものはないただ率直な気持ちなんだ、と思ってきょとんとしてしまったが、いまはその発言をとても悔いている。

少なくとも、水族館劇場を去っていった人たちに、僕とこれほどまでに向き合ってくれた人はひとりもいなかった。

この集団でのあり方、責任を僕はもっと真剣に問わなければならない。