サーカスと藝能

対談 – 大島幹雄×桃山邑 at 古書ほうろう 2015.9.18 19:30~

桃山:僕のところにいた女優さんが、ずいぶん前に木下サーカスに入ったんです。芝居よりサーカスのほうがいいって(笑)。いつか水族館が空中ブランコをやる時は戻ってこいと言って送り出したんですが、その彼女が、『サーカスと革命』(大島氏の著書)が読みたいと。二冊持ってたんで尾崎宏次さんの『日本のサーカス』をセットであげました。その彼女も、あるできごとで幻滅して木下サーカスを辞めたんですが。まあ彼女はそのうち自分でなにかやるだろうと思いますが、そのぐらい、サーカスとかかわりがあるんです。
だけど僕はネットに疎くて大島さんに芝居を見ていただいていたと全然知らなくて。今日大島さんの書かれた文章を読ませてもらって、こんな感想を抱いてくれていたんだというので、ちょっとびっくりしたんです。今日お話したいと思っていたのは、もしかしたら大島さんと僕の共通点は、北方指向なんじゃないかと。

大島:いや、まさにその通り。実は僕も今日、その話をしようと思っていたんですが、僕はロシア文学、ロシア演劇を研究しているし、東北の生まれなので、やはり北方に対する憧憬はものすごく強いんです。去年見た『Ninfa 嘆きの天使』は、永山則夫に宮沢賢治。曲馬団の彼女がいて。だんだん北に行く。しかもロシアじゃないですか。「あ、これは」と。北のことを取り上げる人は結構いますけれど、あれだけダイレクトに、しかも濃密に北の世界を描いてくれたというのは、すごく嬉しくて。感動しましたね。

桃山:ちょっと説明しましょうか。
大島さんと対談するということで、こういうセットをつくったんですが(会場はサーカスをテーマにした幕やポスターで囲まれている)、全部今までの水族館劇場で使ったやつなんです。「犬神曲馬団」という幟は、2004年に駒込大観音でやった『大いなる幻影』というお芝居だったんですね。アイヌの人達の物語です。有名な「天然の美」のメロディーがサーカスを連れて来る。北を流れるひとびとの物語。姜信子さんが『追放の高麗人(コリョサラム)』で取り上げられたものと、ダブるような話を僕がたまたま書いたんですね。上海から満州、アムール。アムールは、ニコライ・バイコフや長谷川濬さん、長谷川四郎さんとか、黒澤明の『デルス・ウザーラ』とかの主人公になった、先住民族のナナイ人の土地ですね。アムールの歌というのも作ってるんですよ。その時の幟旗です。オートバイサーカスの幕絵は、20年前、最初に永山則夫さんの芝居をやろうとしたときに網走に取材に行ったんです。帽子岩に向かう途中の公園にオートバイサーカスがかかってたんです。

大島:これはキグレのオートバイサーカスですね。

桃山:うちに前にいた女優さんが描いてくれたんです。これ(天井から下がるサーカステント)は「昭和雨月物語」。亀有に亀有名画座というピンク映画館がありまして、廃館になる前に貸してくれるということで映画館の中に映画館のセットを作ったんですよ。映画館の座席を壊して、新たに舞台の上に座席をのっけて、座席を割ると下が水だという。そのときのセットで、うちの女優さん達が縫ってくれたやつです。そのとき僕がなにをしたかというと、映画館の中で映画館をやるということです。そんなに深く考えず、面白いものを手探りしながら作ってたんですが、今かんがえればメイエルホリドの『仮面舞踏会』ですよ。

大島:ああ(笑)。

桃山:手刷りのポスター(ザ・サーカス)は、ぼくや千代次が在籍した曲馬館のものです。曲馬館と言っている以上、馬を使う芝居なんですね。座付作者の翠羅臼という人は大変教養の深い人で、おそらくサーカスと自分たちが目指す演劇を結びつけて考えていた。聞いた話ですが、三里塚闘争のなかで玉乗りの練習してたと(笑)。曲馬館はとんでもない劇団でした。次に、見ていただいた『嘆きの天使』というお芝居のポスター。鈴木清さんの写真が大好きで、ご遺族にむりいって使わせてもらった。鈴木さんのご遺族、奥さんと双子の娘さんが、たぶん鈴木が生きていたら一緒に出たいって言ったでしょうと言って、快く許可をくださいました。1980年代の初頭に新宿でやったモンテカルロ・サーカスだったかな。

大島:あれは、笹川良一が競艇で儲けた金でモンテカルロ・サーカスの名前の下で、たしかスリーリング(三つの円形ステージがある形態)でテントを建ててやったサーカスのときに新宿でやりましたね。

桃山:ここにあるセットは、そういうふうな感じでずっとサーカスゆかりの芝居をやってきましたということです。大島さんは水族館の芝居を昨年初めて見ていただいたということなので、いろいろお感じになったことがあるでしょうから、そのへんのところから。

大島:その前から(古書ほうろう店主の)宮地さんに言われてたんですよ。水族館劇場って、大島さん絶対好きだからって。なかなか機会がなくて。何年か前までこの近く(の駒込大観音)でやられていたでしょう。そのときも見逃してしまって、悔しい思いをしたのが、ようやく去年見れました。

まず、三軒茶屋をずっと歩いて行って……僕の知っている三軒茶屋は、(世田谷)パブリックシアターとかああいうのしか思いつかなかったんですけど、ちょっと入るとこんな森みたいなところがあったんだなって。足を踏み入れた途端に、ゾクゾクッときました。境内があって、社務所があって、掛けの芝居小屋が見えた時に、「なんか始まるんじゃねえかな」という感じがしました。(プロローグが)外で始まりましたよね。まず感動したのが、太神楽。本格的な太神楽で! 僕、伊勢の太神楽は、12月24日にやるあれを見に行ったことがあるので、まさか本格的な演技が見れると思わなかった。それでまずびっくりしたのと、(舞台美術に)いきなり木を使ってたじゃないですか。サーカスで言うとバルコニーでやる客寄せ芝居みたいなのを外でやって、さんざん楽しませてもらった後に今度は中へ移動して。
実は僕には恐怖心があったんですよ。黒テント、赤テント見てたんで。

桃山:血を見るんじゃないかと。

大島:(笑)。地べたに3時間とか座らされたら、体力もたないよなと思って(笑)。でも、皆さんが順番どおり素晴らしい案内で誘導されていって、しかも入ったら、地べたじゃないぞ、段々のちゃんとした座席になってるぞと、安心して。幕があいて最初のセットがまさに北の風景。フクロウが出てきたじゃないですか。あれで鳥肌が立ってきましてね。これから始まる世界は、まさにディス・イズ・マイ・ワールドなんじゃないかって 。あとはもう、思いのままに。桃山さんの世界にどっぷり浸らせていただきました。

桃山:ありがとうございます。過分なお褒めの言葉を。大島さんは熊に大変愛着を持ってると聞いたんですが、僕らは動物虐待劇団というか(笑)。一度、豚も使ったことあるんですよ。あとはラバ。馬は2頭使ったことあります。最終的にはサーカスのようになりたいと思ってるんですが、大島さんの『サーカスと革命』に、メイエルホリドがロシア革命の後に、要するにマヤコフスキーが自殺する寸前ですよね、花火とかを使ってもの凄いスペクタクルをやったということが書かれていますよね。僕も花火もやりましたけど、メイエルホリドのようなものをやりたくてやってたんじゃないんですよ。たまたまメイエルホリドが僕のまねをしていたんです。岡本太郎みたいだね(笑)。あまり考えてないんです。僕は、人を驚かせるようなことこそ演劇的だと思っているので。演劇って言葉もあんまり好きじゃない。『サーカスと藝能』というタイトルですが、サーカスそのものが藝能だと思っている。同時にずっと、芝居とはなんだろうというふうに考えてきたんです。

大島:はい。

桃山:大島さんは、サーカスとはなんだろうと、おそらく考えている。ふたりの共通点は、満州とかシベリア漂流とか、そういう北方指向。『嘆きの天使』は、永山則夫さんのお母さんの、青森でダメで、北海道で食い詰めて、樺太に渡って、樺太でもダメでニコラエフスクに流れ着くという、事実をもとにしているんです。ニコラエフスクは有名な尼港事件(シベリア出兵が続いていた1920年、アムール川河口の港町ニコラエフスク(尼港)を占領中の日本軍や居留民がソビエト・パルチザンに虐殺された事件)があった町ですが、つまりロシア革命ですよね。ロシア革命が勃発して巻き込まれて、ほとんど日本人街が全滅するみたいなこともある。そこから流れていく。
僕はサーカスというものを、その流浪という概念だけで括らずに、そこに貧困というものがあるんじゃないかなと思ってるんです。貧しくて、なんて言ったらいいかな、自分たちが、この地上で用のない者。ロベール・カステルなんかを読むと、賃金労働が実態のないものになってる今の状態で、この国がどこに向かって行くのかと思う。

それに対して、ひとつの僕のロマンチックな答えなんですが、僕は自分を河原乞食と言いますし、サーカスの人たちもおそらく国家という括りに括れない、こぼれていった人たちです。そういう、こぼれていった人たちが、オートバイサーカスをやったりする。中国の人が多いですよ、雑技団系というか。日本人はこんな危ないことはやらなくなっている。(オートバイサーカスの幕絵を見て)日の丸を持っていますが、赤い旗を持ってる人らが多いんじゃないかなと思います。要するにそれぐらい禍々しい世界だと思っていて、僕は藝能というのは、そういうものと関わりがあるのかなと思っています。

大島:まさにサーカスと流浪はつきもの、宿命だと思います。貧困については歴史的な位相を見ないといけないと思いますが、ひとつ言えるのは、むかしはサーカスにさらわれるという言い方がありましたが、僕は逆だと思います。サーカスに預けたんだと思います。

桃山:ああ。

大島:おそらく貧しくて。サーカス団長さんは義理の子供がいっぱいいるわけですよ。それは、困った人が預けたんだと思います。さらわれるというのは、イメージですよね。フェリーニの道化師の映画を見ればわかるとおり、どこかから人が来て、テントがパッと建って、また違う場所に行ってしまう。放浪の人たちがいなくなると、人がいなくなっている。すると、やはりさらわれたというイメージはつきものだと思うんです。

桃山:はい。

大島:貧困という話に絡めて言うのであれば、明治の末期、大正、昭和初期もそうですけども、子供がたくさんいる農家の人たちやなんかには、そういうことは実際にあったんじゃないかな。角兵衛獅子の延長だと思いますけど。

桃山:そうでしょうね。菊岡久利という弘前出身のアナキズムの詩人が「サーカス物語」を書いてるんです。戦後すぐの話なので、ダミアン初来日のときの文芸春秋(1953年)ですが、サーカスを脱走した少年が、自分はサーカスで虐待されていた、人さらいだ、と書いているのに菊岡久利は疑問を投げかけているんですよ。まさに今大島さんがおっしゃったような、人さらいという側面だけでは見られない、一種の共同体みたいなもの。個人ではない。

個人的なものがどんどん優先されていくこの社会で、自分たちの世代よりも、子供、孫の世代の方が世界は悪くなっているんじゃないのかという風潮が強くなっていると僕は思うんです。そのなかで、どうして僕は芝居をやるのかということを考えざるを得なくなっている。どうして虚業をやるのかと。そうしたら、大島さんは、『虚業成れり―「呼び屋」神彰の生涯』という神彰さんの評伝を書いている。

大島さんの目の前におられる方が、こういうアホなごろつき集団を受け入れてくれた(三軒茶屋の)八幡神社の宮司さんです。

大島:ああ、本当に素晴らしい。僕、入った瞬間に、霊を感じて。漂ってくる地霊みたいなものと水族館劇場の佇まいとがまさに渾然一体となってて。

畑中宮司:霊媒なんです。

大島:地から沸き上がってる霊みたいなものをものすごく感じて、素晴らしい空間だなあって思ったんです。ありがとうございます。ぜひまた、見たいですね。さっき映画館の話をなさっていましたが、そこに必ず霊というか、魂がいると思うんですよね。それが、役者さんたちがなにかやることによって魂が蘇るというか、生きてくるということがあると思うんですよね。だからたぶんいるんですよ、あそこに。いろんな地霊がいて、それを呼び起こしたんだと思う。水族館劇場のみなさんたちが。

桃山:ああ。

大島:僕ね、横浜の野毛が遊び場所なんですけど、そこにかもめ座という廃館になった映画館があるんです。そこを無理矢理開けてもらって、サーカスじゃなくてバラエティーショー、日本の芸人さんたちに集まってもらってやったことあるんです。そのとき、映画館の館主が、「こんな古い劇場でなにやるんだ、劇場古いし、埃ついてるし」と言ったんですが、出演してもらった芸人さんたちがみんな、磨き始めたの。椅子を磨いたりそこらじゅう磨いたりとかやってるうちに、当日ね、彼らがパッとステージに出たらね、オペラ座の怪人じゃないですけど、十年ぐらい戸が閉まっていた劇場が生き返ってくるような感じになって。

実はそこ、ホモの出会い場所なんですよ。かもめ座の二階席はそういうので有名なんだけど、表玄関の灯りをともしたら、途端にサラリーマンたちが「え、またはじまったの!?」って。「何をやってるの?」って聞くから「実物の実演ショーです」って言ったら、館主さんが「バカ、間違って誤解してくるから」って怒って。案の定、お金払って入って、すぐ帰っていきましたけど。

桃山:浅草にもあるでしょう? サウナ風呂で。僕、間違って入ったらね、「お客さん、いいんですか」って言われて。僕らはむかし旅芝居をしてて、サーカス団みたいに流れていた時に、通天閣の下のお風呂にも行きましたよ。

大島:ああ。

桃山:あれは素晴らしいですね。

大島:ははは!

桃山:朝行くと、老人がお互いに抱き合ってるんですね。ああいうものが、藝能の根源というか、エロスというか。

国家以前にごろつきの集団があったというような折口信夫先生の言葉を頼りに、なんで自分たちは芝居をやるのか。虚業ですよ。でも、ロベール・カステルを例に出したように、賃労働じゃないんだ、僕らは。じゃあ僕らは何を生産してるのか、何をやっているのかということが、超資本主義の時代も通過して、ようやく見えてきた感じがする。実業は土方なわけですよ、建築職人。高層ビルを作る現場の、地上何十メートルの高さで仕事している。そこで僕が使っているのは中国人なんですよ。いわゆる外国人研修生(※技能実習生)。この人らの境遇はやはり厳しいですよ。パワーはあります。がたいがデカいので。俺の言うこと聞けって言うんだけど、最初に覚えた言葉が「大丈夫」なので、危ないからダメだって言っても「ダイジョブ、ダイジョブ、桃山テンテイ、ダイジョブ」って言うんで、違うって言ってんだけど。やっぱり楽しいですよ。彼らはブローカーを通じて正規の手続きで来ています。たぶん山東省だと思うんですが。むかしフィリピンの人たちと仕事をしましたが、彼らは非合法で来ていたので、かなりのエリートが来ていました。今は普通の、日本に来れるだけのお金をちょっと持ってる人たち。この人らも、故郷というものをどう考えて流浪していくのかなと思うと、賃金労働という括りだけでは済まされない。

日本の職人ははっきり言ってダメですよ。僕は、若い頃は、芝居をやるために、一日の賃金が高かったから肉体労働に飛び込んだんです。ところが今の若い人は、セブンイレブンで働いて、別にセブンイレブンの仕事がダメだと言っているわけじゃありませんよ、クーラーが効いているところで働いている。汚い・キツイ・危険がない。僕らは時には命賭けますから。命賭けるっていうか、本当に危ないですから。地上50メートルのところを重さ1トンの鉄の塊を吊っている状態で作業しますから、ちょっと芝居のこととか考えていると隣のビルにぶつけたりするんです。やっぱり、生き死にを賭けるっていうのも、僕はサーカスと近いんじゃないかなと思う。大島さんもそういうこと書かれてますよね。人間の生き死にを賭けてやってるって。

大島:もちろん彼らも、命賭けてやってますからね。動物だって、猛獣を使えば常に襲われる危険性があるわけだし、アクロバットも、綱渡りもそう。じゃあなぜやるかというと、人を喜ばせよう、人に楽しんでもらおうというのが一番大きい。もちろんお金のためもあると思いますが、自分たちがこういうものを見せたいという以上に、見ている人に楽しんでもらいたい、喜んでもらいたいということがサーカスだと思うんですよね。ハードでキツイのにもかかわらず人を楽しませる。彼らは崇高な仕事をしているんじゃないかと思うんです。

桃山:僕もそう思います。僕のところにいた女優さんが木下サーカスを辞めるということだったんですが、僕も木下サーカスを追いかけていてちょっと感じるところがあって。「葛の葉子別れ」という演目あったでしょ。あの芸人さんを辞めさせちゃったんですよね。

大島:その方は、いつごろ木下サーカスに入られたんですか?

桃山:いつだったかな。

大島:すごくいい芸人さんがいたんですよ。葛の葉子別れや、足芸、坂綱もやってたかな。その二人が芸人さんの指導にもあたっていて、すごくいい人たちで。確かチンパンジーの芸も教えてたんじゃないかな。多才な技で。ものすごく研究熱心な方だったんですよね。それが、たしか今の社長になってから辞めたみたいですね。

桃山:合わないそうです。

大島:ああ、やっぱりそうだと思いますよ。一本気で、しかもサーカスが大好きな方なので。

桃山:僕のところにいたその女優さんもすごく尊敬してて、こういう人らがいらなくなるんだったらと。辞めさせられたようなものだと。

大島:ナガハラさんという人だと思います。

桃山:サーカスも時代を生き抜いていくために大変なのだろうと思いますが、僕はサーカスのなかにある暗さとか貧困とかは失われるべきではないと思う。まさに人さらい、そこに流れつくしかしようのない人たち。もっと言うと、葛の葉子別れは被差別の芸ですから。被差別のなかで培われたもの。僕なんかはそれをよすがにしてるというか、お守りのようにしている。この国のはじまる前からごろつき集団はあったと。この世からこぼれていく。ロベール・カステルの言う、この世に用なき者。ミシェル・フーコーがかつて言った、汚辱に塗れた生を生きるしかない者。この世に生きてなんの幸福感もないような人たち、いらないと言われた人たちこそが、むしろ輝きを放つという逆転ですよね。ワイドショーでもそうでしょ? 藝能と呼ばれるものに携わる人たちに対して、上から目線でバカにしながらも憧れるみたいな両義性。こういう矛盾こそが、僕は、お芝居とか藝能と呼ばれるものの本体じゃないかなと思っているんです。そこの謎を理論的に解き明かすのは、大島さんや姜さんや安藤(礼二)さんにやって欲しいんですが、僕は、自分でおもしろいと思う芝居をどうやってこれから形作っていくのか。しかも、日本の状況に対してあまりいいと思っていないということ。露骨には出しませんが、藝能という形でどこまで突っ込めるかなと。

もうひとつは、僕は遅れてきた人なんです。曲馬館の全盛の時には僕は年が下でその場にいなくて、追いかけて。大島さんも忸怩たる思いで書いてらっしゃるように、生きているうちに話を聞きたかったけども遅かったみたいなことが、いくつかありますよね。そういうところで言えば、「追いかける人」なのかなと。

それは僕もあるんです。オートバイサーカスはまだ健在ですからあんまり失礼なことは言えませんが、全盛の時に僕はいませんでした。そういう側面は、もしかしたら藝能の本体かもしれない。だから僕らがどんどんフェードアウトしていく大きな流れのなかで、少しは抵抗の石つぶてというか、そういう存在になれればいいかなと思っています。だからこれからも僕は大島さんのことを追いかけますし、芝居も見に来ていただけるとありがたいかなと。

大島:僕がずっと追いかけているのは傀儡子(くぐつ)とか、白丁(ペクチョン)とか、男寺党(ナムサダン)とか朝鮮半島の藝能の根底にあるもの。特に傀儡子ですよね。傀儡子とジプシーをつなげる見方もいろいろあるし、たしかに共通項はいっぱいあるんだと思いますが、傀儡子はものすごく気になります。乞児(ほかいびと)とかあのへんの系列には朝鮮半島から流れてきたのもあると思うし、要するにさすらう民の藝能民と傀儡子というイメージが、どこかでくっついてきて。桃山さんが言っているさすらいの河原乞食というのは、傀儡子なんかと底で繫がっている気がするし、そういうのを追いかけていきたいなという気持ちがあります。傀儡子の里と言われた青墓(オオハカ)や住吉神社、九州の古表神社などに出張の途中に立ち寄って見たりして。行って見てどうなるわけではないんですが、傀儡子の行方はものすごく気になります。実は傀儡子と藝能民はくっつくんじゃないのかなと思っているんですが。

桃山:昨年の正月に、長野の新野の雪祭りに行ったんです。新野の雪祭りは、折口信夫が熱心に通った神社の祭りで、そのむかし国学院の学生かなんかを連れていったのかな。それで、古い友達が、そこの代々の神主さんの長男なんです。でも彼は親父に逆らってキリスト教の牧師になったので、弟さんが継いでいるんです。雪祭りに興味あるから連れてけと言って、行ったんですが、そこは古層というか、へばりついたような土地で、神様を呼び込むのに正面から行かないですね。裏に行く。だから僕は、後戸の神じゃないのと言ったんですが。これから祭事を行っていいかということを、裏に小さな祠があって拝むんですね、神主さんが。で、いいとなると、大和朝廷の方に向かって火がスルスルスルッと放たれていく。彼は、大和朝廷に弓を引くために新野の雪祭りはあるんだと。いかにも折口信夫が好みそうな芝居仕立てのものですが。そういうことと、僕らのやっていることは、そんなに遠くないと思っています。観念的な話をしていますが、僕は、芝居のなかでそれを感じる。サーカスも理念的なものじゃなくて、感じるものじゃないかと。だから子供にも、すごく分かるんじゃないかと。あまりにもいろんな物をつめこんで、台本がどんどんひどくなって、訳わかんないのになってしまうんです。でも、感じ取ってくれればいいやと思って毎日変えちゃうんですよね。そういうのの総体、まるごとお客さんにぶつけるものが芝居であり、藝能であると思ってる。ロシア・アバンギャルド、メイエルホリドはどう思うんだとか聞かれたら困るなあと思っていたんですが、僕は、メイエルホリドのお芝居はやっぱり見たかったなと思います。桑野大先生が訳されてるものとかではなくて、たぶん、見て感じることの方がおもしろかったんじゃないかなと考えています。

大島:そうですね。

桃山:それが、お芝居の、藝能の原点かなと。

大島:一回しか見てないから生意気なこと言えないですが、僕が感動したのは、僕が好きな北方への憧憬やさすらいというのもありますが、やっぱり全体です。台本はあまり聞いていなかったんですが、ストーリーじゃなくて、(全体を構成する)ひとつひとつの言葉が(ダイレクトに)胸に入ってきた。それだけで僕は分かったし、トータルで魅せる迫力みたいなものがあって。しかもそれが過剰というか、これでもか、これでもかと来るあの感じが、とてもいいんじゃないかと思うんですよね。

桃山:サーカス的ですよね。

大島:まさに! 羽鳥さんに分厚い本(『水族館劇場のほうへ』羽鳥書店)を見せていただいて、桃山さんの書かれたものをいろいろ読むと、やっぱり「サーカス」や「ランカイ屋」ですね、ランカイ屋というのは呼び屋と似たようなもんですから、僕は呼び屋ですし、共通項がある。

桃山:ランカイ屋というのは、博覧会をひっくり返して、らんかいや。

大島:神彰さんは呼び屋さんですが、ランカイ屋さんってのはちゃんといまして。たぶん今でもいると思いますが、広告代理店がやっているようなことを、電波 の力とか何も借りずにやってた人たち。人を騙すというか、そういうのに長けた人がいましてですね、そういう人が僕はとても好きなんです。それを(桃山氏 は)自らランカイ屋とおっしゃってるんで、人を欺いたりするのがとてもお好きなんじゃないかと。

桃山:いや、そんなことは、言葉どおり受け止める人がいるから(笑)。そんなに僕は画策しませんよ。具体的なことなんですね。例えば、水落しをあれだけやるでしょう? 心が痛むわけですよ。神社がぐちゃぐちゃになるんですよ、あれだけやったら。

大島:はははは!

桃山:文句ひとつ言わない。むしろ「今日の水落は良かった」とか言ってくださるぐらい、立派な宮司さんですから。「うちの庭どうしてくれるんだ」と言われてもしょうがないんだけど。

大島:普通言うよね。

桃山:言いますよぉ。でも、うちの女優さんたちが朝早く起きて一所懸命に石畳をこすっているのを見て、もう文句言うのやめよう思ったと言ってもらえるので。そういうことの積み重ねが、ごろつきであることを許されて、この世の縁を渡っていける通行手形なのかなという気がします。僕はこの通行手形をこれからも手放すつもりはないので、体はだいぶガタが来てますが、来年(三重の)山のなかで「海やまのあひだ」三部作をやります。これも尊敬する折口信夫大先生のパクリですが、チラシも佐野研二郎さんに頼もうかという話も出てますが(笑)。そういうわけで来年、野戦攻城をやりますが、今年はここにおられる三軒茶屋の八幡神社から奉納芝居をやってくれということで。小さな芝居ですが手は抜きません。一所懸命ごろつきであることと、市井の人間、それから、天下国家の一大事は俺たちには関係ないが、それでも言いたいことは言わせてもらうよというふうな芝居をやろうかなと考えています。(注:2015年秋に公演)

大島:(太子堂八幡神社さすらい姉妹奉納芝居のチラシを見ながら)いいですね、奉納芝居って。素敵ですよね。

桃山:ありがとうございます。むかしは反天皇だったんですけどね。今は、右も左もどうしていいか分からない状態にあって、一番民主的なのは今上天皇の明仁じゃないかと思うぐらい。一個の人間としてはたぶん立派な人ですよ。そういうこと僕が言うと、石つぶてが飛んで来るかもしれないけど(笑)。人の本性というのは、イデオロギーでははかれないんだというのを、すごく強く思っていて。ロシア革命の時代にイデオロギーで粛清された芸術家もたくさんいますよね。イデオロギー的なものも大事だけれども、そこを本当に深く掘り下げていくものは、感じること。もしかしたらそれは、我々がやっているような藝能かもしれない。つまらなかった、おもしろかったがまず第一。たとえばサーカスのなかにある、栄光と喝采。その絶対的な孤独。これは役者もそうなんです、絶対的な孤独だと思います。あと匿名性。水族館劇場も匿名性に近いんです。立派な役者がいるわけでもなんでもない。みんなで寄って集って危ないことをやる無謀な集団。木下サーカスもそうだけど、ブランコ芸は集団でかかってくるから花形になるんです。でもあんまり大事にされてないみたい。

大島:残念ですね。ところで僕がなぜ北を指向するかというと、ロシアもシベリアも好きだし、(生まれが)東北というのもありますが、もうひとつ、「敗北の道」だと思うんですよね。

桃山:なるほど。

大島:負け続けて負け続けて、北へしか行けないというのがあると思うんですよ。北への道は敗走の道だというのがあって。例えば阿弖流為もそうだと思いますし、吉村昭さんが彰義隊を書かれた時に、(彼らは)逃げざるを得ないというか、追われて北へ北へ行くしかないわけですよね。北というのは、敗者が行く道のりじゃないかというのがある。

じゃあ、敗者は北へ行って、そのまま滅びればいいのかといえば、そういうことではなくて。僕は3.11の後あの年にーーこんなこと僕みたいなやつがやっちゃいけないのかもしれないけどーー敗者の道を辿りたくて。つまり、彰義隊が上陸した平潟から始まって、中を通って会津若松へ。会津若松こそ白虎隊。

桃山:茨城のほうに、まだ白虎隊の子孫がいるんでしょ!?

大島:うん、いるらしいですね。

桃山:すごいですよね、他の集落と交わらないという。

 

大島:そういう敗走の道を辿りながら旅を三日間続けてて、思いついた言葉が「敗北の希望学」。北への道は敗北の道なんだけど、どこかで必ず、光のような何かがあったんじゃないかという気がするんです。「嘆きの天使」の最後に、セットが割れて、舞台空間がブワーッと外に飛び出した、あの時。桃山さんはあれを希望への道とはおっしゃらないかもしれないけど、僕は、負け続けてきた人間の「敗北の希望学」の、ひとつのかたちだったのかなというふうに見たんです。

桃山:その通りだと思います。

大島:僕の北への思いというのは、永山則夫のように敗北せざるを得なかった人間、そこにしか行けなかった人間が見る光のようなもの、そこへ繫がる希望学なんじゃないか。そういうことを、僕らのように書くのではなくて、桃山さんは全精力をかけて芝居でやっている。芝居は、役者さんたちが動いて、裏方さんがセットを作って、集団でやって初めてできる世界じゃないですか。

桃山:あれ、裏方じゃなくて役者なんです(笑)。

大島:あれれ!(笑)

桃山:それもサーカスと一緒でしょ? サーカスの人たちも身体能力高いから、自分たちで作るし。僕らも全部自分たちで作る。(大島氏が見て驚いたという)あの木の上に登ってたやつが、うしろにまわってロープで船吊ったりしてるんですよ。

大島:あははは(笑)、あれ、絶対怖いよね! すごいなあと思った。どういう役者さんなのかなと思って見ましたよ。

桃山:絵描きですよ。

大島:絵描き……(笑)。

桃山:エロい絵ばっかり描いている。むかしからいる僕の同級生みたいなもんで、そういうとんでもない人らの集まりなんで、ごろつき集団です。

大島:あははは。

桃山:大島さんが書かれてるように、外に開いていく、世界に開いていくというふうなことが、たぶん今言われた、外に向かって開くということかなと。僕は、パウル・ツェランという詩人が大好きで、外へという、雄牛かな、殺されて、闘牛のことなんだろうと思うんだけど、死んでいくこと、負けていくことと、その絶望と、実はその絶望の向こう側にある何かの、光というとちょっとウザいんだけど、希望みたいなものを。

大島:希望と言うとちょっとウザいんだけれど、気持ち的にはそういうことですよね。

桃山:それは、芝居でやるべきことなんですよね。やはり本当に藝能というものが、この花綵の島々のそこかしこに住んでる人たちの胸の底に、おもしろいものを見る、びっくりすること、そういう視覚文化を涵養していくためにある。決して啓蒙じゃないですよ、芽が育つように水をあたえる。特に子供さんに向けてやりたいなというのがあります。

 

(質疑応答へ)

 

観客:今、日本にはどれぐらいサーカスがあるんですか。

大島:さっき話題に出た木下サーカスですね。あとポップサーカス、わりとこぢんまりしたサーカス団です。木下のテントは3000人ぐらい入りますが、ポップさんは2000人ぐらいかな。それと最近できた、中国人のひとが経営しているハッピードリームサーカスというサーカス団があって。

桃山:それ、糸島に来てません? 中国雑技団の末裔みたいなやつでしょ? 僕見ましたよ。大変でしたよ! あのね、やってる最中に「今日は柱がヤバイので」って。

大島:あはははは。

桃山:これほど水族館と似てるのは……。しかも、ポップコーンとかソフトクリームを売りに来るやつが、きれいなおねえちゃんじゃなくてオッサンなのよ、俺とか大島さんみたいな。誰が買うかよこんなもの! それを子供たちの手をひいて見に行きましたよ、糸島に。

大島:僕は、去年の12月に九州の若松で見たんですけど、暖房が入ってないの。寒い寒い! ロシアのブランコ乗りと一緒に見に行ったんですけど、あれは手が凍えてしまって危険だよって言ってたぐらい。団長さんは中国人なんだけど、もともと矢野サーカスにいた人で。

桃山:ああ、そうなんですか。

大島:今のサーカスの特徴は、日本人はいません。木下がかろうじてブランコでいるくらいで、あとの芸人さんは全部外国人です。

桃山:東ヨーロッパとか。

大島:ポップサーカスももともと外国人がいたし、ドリームサーカスに関しては全部外国人。日本にもいい芸人さんはたくさんいるんだけど、彼らはみんな日本で働こうと思わない。これから新しいサーカス・カンパニーができる可能性は僕はあると思いますけど、わりと活動の場を海外に向けている感じですね。

桃山:ちなみに、建築現場も若い職人さんに日本人はいません。俺が若い方だから(笑)。中国の人とかベトナムの人とか、そういう人が多いです。似てますね。

観客:芸をする人は、いろんなサーカスを渡り歩くんですか?

大島:そうですね、契約制ですから。ポップさんにしろ木下にしろ、普通のサーカスは一年契約なんですが、たぶんあそこは3年とか長く縛っておくんじゃないですかね。だって、全国をまわっているから、メンバーを替える必要がないんです。そういう意味では、メンバー固定でやって、長い契約してギャラを抑えておくわけです。

桃山:ベンチャーズみたいなもんですね。

大島:木下の場合は、大都市中心ですよね。今度、来るんですか?

桃山:僕らの拠点に近い東村山に来るって。(※正確には武蔵村山)

大島:東村山、大都市じゃない気がするけど(笑)。でも、その木下サーカスに入ったお嬢さん、お会いしたいですね。でももう辞めちゃったんですよね。

桃山:辞めるって言ってましたね。

大島:東村山には来るんですかね。

桃山:東村山には出ないんじゃないかな。新しく自分でやるみたいなことを言っていたので。

大島:木下でやってたってことは、空中ブランコですよね。

桃山:空中ブランコをどうしてもやりたくて、やったんだけど、どうもそこまでいけないと。最初のロープをつかったのには出てましたね。チケット取って欲しいっていったら一番前をとってくれたんです。いいですねえ、獣のにおいするし。

大島:たしか今、木下しか動物いないんじゃないですかね。たしか象もいて。

桃山:象、逃げたらしいですよ!

大島:ははは!

桃山:あまりの虐待に。でも象も頭いいから、ここで逃げてもしょうがないと思って、止まって、見つけてくれるのを待ってたらしい。象の扱いもひどいですよって言ってましたよ。

大島:象は、やっぱりサーカスのシンボルだと思うんですが、それを今、アメリカの一番巨大なリングリング・サーカスが、象をやめるって宣言しましたからね、たしか2年後かな。ということは、サーカスから象がいなくなるんじゃないかな。ヨーロッパは動物愛護運動がすごく厳しくなってて。あの人たちね、馬はオッケーなんですよ。熊はダメ、象もダメ。あれはよくわからない。日本でも最近、ボリショイ・サーカスが来ると体育館の前に動物愛護団体が来て、熊に芸させるなってチラシ配ってますから、ちょっと嫌な感じです。

桃山:うちも言われましたよ、豚を出した時に。コウ・ミョンチョルという在日の役者がいたんです。水島コンビナート生まれの。あそこは被差別部落と在日の人らと、最下層の労働者と、いろんな下層が重なってるところです。彼の両親が豚飼いやってたんで、「桃山、豚なら俺に任せろ、自由自在に鳴かせる!」と。だから、豚を抱いて舞台に出たら、キーキー鳴いて。そしたら女性の方が怒って、「動物虐待、許さーん!」って帰って。そしたらムキになって怒ってましたね、「豚に対して失礼だろ! わしら豚のことはちゃんと知っとるんや!」って。「喜んどるんじゃ、これは!」って、たぶん喜んでないと思うけど(笑)。

大島:はっはっはっは。前、馬を飼ってたと言いましたが、どこから調達したんですか?

桃山:山師に騙されました。黒澤明の影武者のこれはワシがやったんじゃとか、なんか先生がいて、50万で買ったんですよ。

大島:2頭?

桃山:1頭50万。

大島:うわぁ、高い買い物。

桃山:小倉でやった時で、本当は姜さんと、毛利嘉孝先生に見てほしかったんですけど。お二人とも九州にいたのに、うちの芝居見てないんですよ。そのときは馬を2頭使うということだけで、うちの制作の中原蒼二に怒られました。「桃山、内容を語れ!」と(笑)。「馬2頭だけじゃ、俺は説得できない」と。馬が2頭走りまわるというのでやったんですよ。ところが不思議なことに、芝居が終わった次の日に馬が倒れて。ゼーロン号っていう、牧野信一の小説からとって付けた名前だったんですけど、暴れ馬だったんで。主演女優の千代次さんを振り落として。

大島:(『水族館劇場のほうへ』に)書いてありましたね。

桃山:芝居が終わった次の日にへたり込んじゃって。それで東京に送ったんですが絶命しました。動物虐待劇団ですね。

大島:むかし神彰さんが、有吉佐和子さんと結婚した時に、結婚祝いにやったショーが大西部サーカスっていうサーカスで、カウボーイ・ショーとか拳銃の使い手とかアメリカから引っぱってきて。まず東京体育館でやったんですが、馬が遅い。タラッタラしていて、ひどいショーで客もぜんぜん入らない。結局、九州へ行ったら、ダメ。金も尽きてしまったというので、ほとんどの馬を売り払ったらしいです。しかも、馬肉屋さんに。虐待なんてもんじゃないですよ(笑)。

桃山:そのときに関わってた人かもしれませんね! だって、九州で馬が倒れたときに、「先生、この馬なんとかなりませんか」って言ったら、「桃山くんこれは、ここで売った方がいい」って。

大島:ひゃはは。

桃山:それはあまりにも可哀想だから、奥多摩に牧場があったから東京に連れて帰ってって。約束だったんですよ。僕らは馬を養えるだけのお金がないから、大変なんですよ維持費が。50万で買うけれど、乗馬クラブの中で自由に使ってくれと。うちの役者が練習に行く時はタダで乗っけさせてくれと。そのための馬なので、所有は水族館なんだけどということでやったんだけど、東京に着いて一週間ぐらいで亡くなりましたね。可哀想だったかなとも思いますけど。ラバのときは大変でしたよ! ラバはおとなしいって聞いたけど、前の環境があまりにも厳しかったので、自由な水族館に来て暴れちゃった。放し飼いにしてたら逃げちゃったんですよ。その後、建築現場の隅のほうにつながれてて、気がふれたって報告を聞きましたけど。

大島:相当ヤバいこといっぱいやってますね。

桃山:やってますね。フクロウはね、あれは二人目なんですよ。最初の人は死んじゃったの。借りてきて二日目ぐらいで。ひどいんですよ、ブリーダーに殺したら60万いただきますみたいなことを言われて。逆ですよ、まだ初日も開けてないのに死んじゃったんだから。10万円ぐらい払いましたけど、あたらしいフクロウをさがさなきゃならなくなった。小平の鷹匠が「お前らにぴったりのフクロウを渡すから」と言ってくれた。やっぱり樺太フクロウじゃないとマズかったんです。人間にベタになついて、しかも羽が折れてるから逃げない、水族館にぴったりだというんで。そしたら千代次さんがかわいいと。バームクーヘンみたいでかわいいと。あの子は性格もすごくよくて、よかったですよ。

大島:相当悪い業者に騙されてるみたいな気がするので、動物を使うときがあったら、まず僕に相談してください。

桃山:ありがとうございます!

大島:悔しかったのが、今年の春、大道芸をやったインドのマジシャンがいるんだけど、彼に蛇遣いをやらせようって話があって。コブラはインドからは持って来れないんですよ。買えばいいんだってことで、群馬のスネークセンターで毒抜いてもらって買ったんです。それをあるところでやるはずだったんだけど、そこのの動物指定管理者の人が来て「俺をクビにするのか」と言われ始めちゃって、企画自体がパアになっちゃって。結局コブラ、金払っただけ。

桃山:いるんですね? じゃあ、コブラだったら使えるね。

大島:スネークセンターの人が、どっかで処分して食ってるかもしれないけどね。

桃山:見世物小屋の大寅興行さんがニシキヘビ飼ってるんですね。でも蛇は出しちゃいけないっていうふうにだんだんなっていって。鶏もやっちゃいけない。

大島:食べちゃいけないんでしょうね、虐待になるんだ。

桃山:大寅さん言ってましたよ。自分らは犯罪者でもなんでも受け入れて、流れてきたんだってね。最後の見世物と言われてるみたいだけど、優しい一面と地回りとわたりあうエグイ部分もある。その矛盾というか両義性だよね。お金にも結構シビアだし、いろんなところあるんだけれど、生きてくことに必死になる、ここでしかないんだという気持ち。

大島:場としてのアジールというのは、やっぱりそういう見世物小屋とか藝能の民が生きてるところですよね。そういうのがあって正常なことだと思うし、そういう場がなくなっていく、削られていくっていうのは、非常にいけないことだと思うんで。そういった意味でも、いろんな阿婆擦れ者をいっぱいかき集めて、頑張ってください。

桃山:是非、宮司さんに(笑)。

大島:奉納で思い出したんですけど、アナトール・フランスの「聖母と軽業師」がすごく好きで、なにもできることがないけども、マリア様の前でジャグリングをするって話で、あれって結構、サーカス、藝能の本質をついてる気がするんですよね。さっき楽しませるって言いましたけど、すごくピュアな気持ちで捧げるというのが、一番、藝能の根底だと思うので。是非、奉納して。

桃山:僕もそうだと思ってます。おもてなしの心だと。自分たちが一座を建立するのは、おもてなしの心をどこまで尽くせるかと。乱暴だったり荒くれだったりということはありますが、もともとはごろつき集団だったので。いつもは建築現場で中国人に鞭打って仕事してるので、「ダイジョブじゃねえってつってんだろ、この馬鹿野郎!」って言いながらやってるんだけど、楽しい関係性ですよ。コイツ、中国に帰ってもなんにも覚えていかないんだろうなあとか思いながら。お互いに、身過ぎ世過ぎでやってるんですが、それだけではない交流みたいなもの。僕は、彼らを人間的に差別するつもり全然ないし、したことないし、彼らも日本人ってのはキツイと教わって来たけれども、どうも自分たちが来たところは良いところだと。(他の現場だと)頭ひっぱたかれたりとか、脱走したって話も聞きますからね。どうもこの会社は自分たちにとってはラッキーだったと思って、じゃあ一所懸命やろうと。その一所懸命やる、汗を流してやるということだけが、もしかしたらアベゾウをひっくり返すようなことになるんじゃないかって思ってます。そこを踏ん張らないと、藝能をやってる意味はないだろうと。中原さんとか毛利さんに叱られそうなんで、デモに来ないで何やってんのって。僕は藝能をやります。やりますけども、一所懸命藝能をやることによって明らかにしたいことは何かというと、なんのために虚業というのがあって、なんのために賃労働、今の現代社会はほとんど賃労働に覆い尽くされてますが、そこから離れていくような、そうじゃないものを目指していくような指向性。お金じゃないんだということを、もう一回ちゃんと考え直した方がいいかなと思ってます。そのためにも水族館劇場は、もう少し影響力を持ちたいというふうに考えています。