遊びを続けましょう
藤田直哉
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東日本大震災のあとの文学作品に、「死者」を描くものが増えた。

死者を、どう受け止めたらよいのか、みな、迷っているように感じられた。

近代的で合理主義的で科学的な世界観を持っている者ならば、「死んだらおわり、あの世もないし、霊魂も存在しない」と言い捨ててしまいたくなる。しかし、このように分かっていても、無念や哀しみなどの感情がなくなるわけではないということも事実なのだろう。

だから、ある者は宗教に頼る。

ある者は、文学・芸術を作る。

ある者は、実際に幽霊を観たり、異界に踏み入ってしまう。

文学・芸術などの形で、死者と共存する「異界」を作り上げてしまうような切迫した心情が、なぜか人間には生じてしまうようだ。

宮澤賢治は、「あらゆる透明な幽霊の複合体」と書いた。この言葉が載っている『春と修羅』は、庵野秀明総監督の映画「シン・ゴジラ」の作中で重要なメッセージを示すアイテムに使われていた。

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ここで論じたいのは、室井光広という作家の短い文章、「鎮魂のために」と「願文」である。室井は、福島出身の、芥川賞作家である。

彼が、「あらゆる透明な幽霊の複合体」という言葉を使いながら、言語による異界を作り上げたその手つきが、異様な迫力と染み入るものがありながら、理解を許さないようなものとしてそこにある。

悪夢が現実化するパノラマを遠方より茫然と眺めつづけるという浅ましい一週間がたった頃、私は多くの人々同様震撼のあまりただ絶句したままでいたが、それでもしかしペンを握り、五百キロにも及ぶ被災地域の主要な土地の名を、目下の状況を一行ほどずつ付けてノートに書き写す振る舞いに及んだ
(「鎮魂のために」『わらしべ集』所収、初出「望星」2011年5月号)


彼は、さらに「千葉・茨城から青森に至る被災の細道」が「思いを馳せるすべての人々の心の中で、一種の霊場と化すのは疑いない」と書いている。室井自身はそう明言していないが、「書く」という行為と「読む」行為の中で被災地を文字を通じて「思う」ことが、霊場めぐり、巡礼と化しているかのような――そういうことが成立する場所として活字の空間を再設定することが行われているような――印象を強く受ける。

故郷が、津波と原発事故に襲われ、「東北」の「弱さ」を嘆きつつも、『柳田国男の話』を執筆中だった室井は、柳田が収集した民話の持っていた「異界」的な想像力を自らに憑依させ、新しく展開しようとしているかのようである。

文壇ジャーナリズムとも大学とも離れ、2012年、雑誌「てんでんこ」を創刊。その創刊号に、「願文」と題する文章が掲載された。

無知な読者であるぼくに対し一切の手加減のないその文章は、読もうとする者を強く拒んでいるが、なんとかここにその読解――あくまで、作品の断片に触れたことによって生じた一印象の記述――を努力する。

こちらに実際の全文があるので、ぼくの余計な言葉なんかより、実物を読んでいただいた方がいい)

吉田文憲の詩集『原子野』からの引用〈原子野に生きるもののおののき〉から文章がはじまる。

そして、文章は、言葉の意味や歴史、連想や音の類似などで、多層的になっていく。「うた」「詩」の世界が、異界として、言葉によって作り上げられていく。その異界は、放射性物質に汚染された福島であり、言葉の廃墟であり、そこには死者たちが幽霊として動き回っている。

ここなるトウヘンボグ、東北のデクノボーの生地であるFukushimaのガレキの歴史を書く資格を誰がもつのかわかりません。わからぬまま、Niemand氏の一行と、しょうこりもなくlalaと歌いながらのガレキの山への遠足を夢見ずにはいられないのです。

Niemand氏とは、カフカの小説「山への遠足」に出てくる名前で、亡霊、誰でもない者を意味する。Fukushimaと書くことで、「福島」という現実の土地が、言葉の力によって違うものとしてイメージされる可能性が示唆される(言語が現実を変容させる効果に対する意識=コンシャスを高める効果がある)。

自身を「トウヘンボグ」と呼ぶ――ボグとは、「ぼく」の方言である――室井は、このように「幽霊」との共存を語る。

ガレキの山から成る「荒地」で、トウヘンボグもまた、やはり〈あらゆる透明な幽霊の複合体〉ともいうべきニーマントに向け、「誰の言葉、誰の影?」と問う一人の年若い詩人に出逢いました。本人に無断で、ボグの記憶の下にある詩篇のひとくさりを掘りおこして引けば――

南中高度を過ぎて太陽は煤けたように黒く大きい
溺れたら摑む岸辺を求めるだけの
透明な手
何本も何本もあらわれては揺れる
ニーマントたちのうつろな囁き
呪われてうっすら明滅し続ける空気の束から
切り離した意識でもって自分を支えようとして
うまくいかず何度でも転んだ
ここが天国なら良かったのに


「荒地」とは、T・S・エリオットの詩『荒地』を連想させるために書かれているのだろう。『荒地』は、荒廃した土地に、聖なるものの息吹を蘇らせることを願った、祈りのような詩であり、同時に、詩全体が引用のコラージュによる「荒地」のようになっている作品である。第二次世界大戦後の「荒地派」は、この『荒地』から名前を取っている。

『荒地』の末尾にあるこの一節は、ぼく自身、何度か繰り返し読み、度々引用した。

「せめて自分の土地だけでもけじめをつけておきましょうか?」

「これらの断片を支えに、ぼくは自分の崩壊に抗してきた」

自分の故郷が「荒地」になってしまったあとに、様々な文学作品、詩作品を引用し、その「断片」によって自己を支えようとしているかのようである。存命の作家もいれば、亡くなった作家もいる。作品世界の中では、〈あらゆる幽霊〉である、過去に生きた作家たちが残した言葉と入り混じることができる。死者と共存している「作品世界」が、「異界」として作ることができるのだ。

このような異界を作らなければいけない精神とは、どのような切実さなのか。  想像し、ぼくが思い浮かぶもののレベルをおそらくは超えているそれを「わかる」などとは決して言えない。あくまで、その一片に触れえたかもしれないと思い込むことしか、読者であるぼくには出来ない。

さて、「幽霊」のいる「荒地」として、故郷の「福島」を言葉の力で作り変えた室井は、このあと、「遊び」の力を発揮する。

佐藤は前記の著書で、「うた」と「禁忌」がつながって、「故郷=異郷」が「禁忌」の意を孕む東北方言(に生きる古語)「うだでき」場所となる吉田のポエジーを語っていました。「いよいよひどく。まったく」とか「思わしくなく。情けなく、いやらしく。気味悪く」などを意味する日本古語〈ウタテ〉は、われわれの生地の方言「うだでのし」とか「うだでなし」を生んだのですが、詩人はこの二語のつながりに鋭敏でした。吉田は、「〈うた〉と〈うたて〉」なるエッセーで〈ああ故郷=異郷とは「うだでき」場所であり、その「うだでき」場所で、そこから聞こえてくる〈うた〉をめぐるようにしておれは詩を書いてきたのだな〉とつぶやきました。

「うた」が東北弁の「うだでき」と繋がる。故郷=異郷は、「うだでき=ひどく、情けなく、気味悪い」場所になってしまった。そして、ここで、反転が起きる。

何によって?

言葉遊びによって。

「うだでき」場所である、福島、あるいは、被災地、「荒地」は、「うた」が「できる」場所になる。

これは論理でもなんでもない。言葉の類似だ。古語にその根拠があるかもしれないが、ぼくには分からない。表面上の意味を超えた無意識レベルでの作用だ。

この「遊び」の重要さは、末尾にこの言葉があることでも分かる。

〈原子野に生きるもののおののき〉を共有する七面妖同人諸子よ、汚れちまった詩の廃墟で、ニーマントたちの透明な手を支えに、てんでんこのうたて遊びをつづけましょう。

震災の次の年に、「遊びをつづけましょう」と言う、この勇気。「うたて遊び」とは、詩であり、文学のことである。

「汚れちまった」は中原中也への参照。

「ニーマントたちの透明な手」とは、死者たちだけではなく、引用してきた多くの過去の文学者たちのことでもあろう。

彼らの力を借りて、「忌まわしい」=「うだでき」土地を、「うた できる」土地に変えてしまう。

言葉の力だ。言葉の遊びだ。その「遊び」である「文学」という異界の効果に、この文章は賭けている。大勢が死に、原発事故が起きたその哀しさ、苦しさを引き受けつつ、それを「うた」が「できる」場所に変えようとする変換、救済の感覚が、言ってしまえば「単なるダジャレ」によって発生している。

なんと不思議な遊びだろうか。

このような「遊び」が意義のあるものとなるのは、それがぼくらの心の奥底にある言語の、表面的な意味や論理を超えたつながりの次元に作用するからだろう。言語の実用性とは違う次元(遊びの次元)が露呈し、そこで自由を得ていることこそが、「現実」の論理や原則を超えた世界と、この言葉の世界が類似しているという感覚を読者に発生させているのだろう。

文学・詩・芸術という「遊び」は、現実や生活の論理とは異なる「異界」でもある。その「異界」の中でこそ、ぼくたちは、死者や災厄を受け止めるための、宗教に変わる別種の救済を得ることができるのかもしれない。

この文章を読んでいるとき、読者としてのぼくの心は、想像上の「被災の霊場」を巡礼していた。そして放射性物質の戦きや、東北が受けてきた「中央集権の腹立たしい圧迫」の腹立たしさを共有するものであった。

荒地の中で断片で自己を支えている主体であり、過去の幽霊達の力を同じように借り、「(うたて)遊びをつづけましょう」とようやく言う勇気を得る――それを言う覚悟を得るだけの浄化を、遊びによってこそ得る――主体でもあった。

  *

繰り返すが、「遊び」とは、非常に狭い尺度で考えられた有用性や実用性の次元から逸脱する人間の営み――それは、多くの場合芸術という名前で呼ばれるのだが――のことである。

感情的にもなる、政治的にもなる。プロパガンダやステレオタイプに絡めとられそうにもなる。役に立つことをしようと、純粋なる善意で思う。社会や国に、地域に役に立とうとする、役に立つ存在になろうとしてしまう。

そんな震災後の状況だからこそ、「遊び」の継続の主張は、重みを帯びてくる。それは、そのような圧力を非常に強く感じるはずの磁場にいるのではないかと推測される室井が、それでもその場を食い破るようにして主張している発言だからだ。

ぼくらは遊びを続けなくてはならない。「遊び」の世界の中に現出する異界の価値を、見失ってはならない。