さらなる幻をもとめて
桃山邑
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全国の水族館劇場サポーターのみなさん。とりわけホームグラウンド東京での野戦攻城復活を待ち続けてくれたファンのかたがたに東京公演決定のご報告をよろこびとともに伝えます。二年半前、わたくしたちは痛恨の思いでみなさんにロンググッド・バイを告げました。江戸天保期に風俗紊乱の科で処払いにあった歌舞伎役者、五代目市川海老蔵にならい、駿府から活動を再開したのです。胸にやどる藝能の宿神が指し示す、芝居とはなんのために存在するのかという深い問いかけを背負いながら。

花々で綵どられたようなかたちの美しいこの列島が、押し寄せる欧米列強の脅威とわたりあうために、無理矢理すすめた近代化。江戸の文化は根絶やしといっていいほど破壊され、その暴風は歌舞伎の世界にも演劇改良運動というキメラを産み出すにいたります。いつの世でも「改革」をくちびるに昇らせるのは知性ある権力者たち。しかし民衆のこころいきはそんなお題目などに頷きません。反知性ともいえる日々の暮らしの智慧をたよりにじぶんたちの想いを具現化してくれる幻像を求めます。そのひとつが歌舞伎の世界のヒーロー、市川海老蔵の荒事だったのでしょう。お上にはさからわず、したがわず。鶴屋南北と組んだ稀代の役者は、勧善懲悪などで決着できない「色悪」というあたらしい藝の領域を確立します。海老蔵が都を追われたのはおもうにならない下層大衆の気持ちをつかんで離さない、そのチャーミングな存在に、為政者が嫉妬したからに違いありません。

現代の世界もざわめきはじめています。民主主義という、ある意味、近代化の過程にはりついた肉付きの面がその効用を著しく凋衰させ、終末感すら漂わせるなか、政治も経済も袋小路に追い込まれ、知的概念からみちびきだされるプリテンシャスな判断よりも、暴力性を内包する強度を持った〈これまでになかったもの〉への期待とすりかわった。おなじ惨めな思いをするならリスクをおかすことをためらわない。世界のアクチュアルなこの様態を反動と決めつけることに、とりあえずは留保したいとおもいます。わたくしたち役者徒党とて、これまで芝居という領域で、決断の誤謬を免れえなかった。むしろ間違いの連続だった気がします。世界や歴史はこのままでいいと願うささやかな保守層が忍耐の限界を超えたところから、世のなかは動きだす。はなからなにも持たされていない最下層と結託し「世直し」の大きなうねりをつくりだしてきたのではないでしょうか。一箇の想定外が同心円の軌道を滑り出し、幾重にも連環しあって恒星の正体を炙りだす。たとえそれが黒い太陽だったとしても。このままではなにもいいことがない。未明への断念にひきよせられた、ちいさな理念は生存本能の強い重力にのみこまれてしまう。確かなものなどなにひとつありはしないことがあらためて証明されただけのこと。歳月をかさねるごとに「いやな感じ」が鈍重におおい被さってくる気がします。そんな時に芝居者になにがもとめられるのか。 

この国は七十年前、何もかもなくした敗残の曠野から再出発しました。なにも持たないからこそ夢はあった。昭和歌謡の歌姫である美空ひばりは、廃墟のビル街で星空暮らしの少女となって「右のポッケにゃ夢がある」と唄いました。季節は移ろい、社会は成熟し、夢の替わりにわたくしたちはあまりに多くの「モノ」を手に入れました。もはや廃棄できないほどの。夢をみつづけられる褥はもうどこにもありません。それでもなお。絶望を確信へとみちびくためにわたくしは残存する螢の明滅を追いかけようと思います。いつかまた指のあいだからこぼれていったまぼろしを呼びよせるために。はたしてそのことが芝居をつづける根拠になるのだろうか。わたくしたちはぜんたいなんのためにすべてを賭して、戯れにすぎないものを撰んだのでしょう。

芝居はまぼろしという現実にすぎません。舞臺で生きられたものはそれを観た者のこころに転生します。アフリカの森ではほんとうの死は肉体よりもあとに来るといいます。生き残った者のすべての記憶から消滅したときに部族は彼の死を迎え入れると信じられてきたのです。人間はなぜみえないものをみようとするのか。物質的にみたされるより孤独であることへの愛憐をもとめるのか。わたくしがなりわいにしてきたのは嘘業にすぎない。あってもなくてもいいものです。肉親や近しい者の訃報の前に芝居は無力なのです。ほとんど誰も優先順位を一番にしない。もしも悲しみにみちあふれた葬儀の場で、ひとりだけ皆から離れ、全体をみつめている者がいたら、それは作家だ。そんな箴言を聞いたことがあります。悪逆無道を自覚する者だけが悲しみにうちひしがれて閉じている死を悼む場を「外」へと連れ出すことが可能になり、どうにもならない感情に輪郭をあたえるのだと思います。言葉をつむぐことで。

わたくしは生んでくれた母の野辺送りに参列しませんでした。骨になるそのときでさえ、芝居をするための場所さがしに奔走していたのです。遠い祖先から大切にされてきた叡知を両断して一歩もひかない。嫡男としてのつとめも情もかけらもない。母のまわりで暮らしてきたひとたちはさぞかしわたくしを責め立てたことでしょう。なんのために育ててきたのだと。母はわたくしを生んですぐに働きに出ました。二十年勤めあげて表彰された記念品がちいさな置き時計ひとつにすぎないような町工場の女工として。かわりに愛情をそそいでくれたのは祖母でした。わたくしが鄙を去り、東京に出るときに、かぎりなくやさしかった祖母からこぼされた恨みの言葉は何十年経ってもわすれられません。きっとあたらしい旅への期待に浮かれすぎていたのでしょう。「そんなに家を棄てるのがうれしいのか」仕方がありません。そういうじぶんを生きているのだから。

都市のなかでわたくしは身過ぎ世過ぎを建築職人にもとめ、いっぽうで藝能の謎をさがしだすため劇団を旗揚げ、いつのまにか座付き作者という位置につきました。臺本に登場する人数分だけ、それぞれの立場から物語を綾なしてゆく。台詞を書くことは言葉を発見することに他なりませんでした。だが手練の使い手になればなるほど言葉は沈黙に近づいてゆきます。言葉にならない言葉こそが多くのひとを揺り動かす真理からのがれられなくなる。沈黙こそがもっとも伝播力を高める秘法の鍵なのです。言葉が沈黙へと変成していくときに、ほんの刹那、確かなものが宿るのかも。わたくしは言葉によって芝居を生きてきました。こころに響く物語を念願しながら。

真理をねがうまなざしがみつめるものはどうにもならない不幸せを背負った舞臺なのだと思います。行き場のない感情こそがこころを豊かにはぐくんでゆく。パラドクスの宿痾。怒りや悲しみやあきらめが、人間としての負の要素が、物語を書くという切通しをくぐって美しいものへとうまれかわるのです。世のならいとひとしく、たしかなじぶんなど何処にもない。なにひとつ欲しいものなどなかった。二十年近く前のこと。臺本の取材で流れていった、北のはずれの骨の散る海辺でかんがえました。わたくしはここにいてここにいない。いっさいが虚しさのなかに溶けてゆく。

つぎの物語は「みえないもの」をめぐってのものになる予感がします。だが誰を何をみようとしてるのか。世界をおおう圧倒的な絶望感をちいさなちいさな手のひらで受け止め、一歩もゆずらず反転への意思を表明するような舞臺。ひかりのない闇溜まりだからこそ刹那にきらめくユーモアの刃をさしだしたいのです。

ひとは水の流れにふきだまる病葉のように出逢ってわかれいつかひとりに還ってゆきます。天地はこざかしい人間が存在するまえから其処に在り、人間が終わったあとにも間違いなく其処に在る。夜の底でたったひとり闇に抱かれて寂しさにもがくじぶんを誰が望んでいるというのでしょうか。究極、ひとは個にたちかえろうとする意思と、ひとりではいられない、じぶんいがいの他者を希求する相反する感情に煩悶することを終わりにしない生きものなのです。これまでの数えきれない蹉跌のたびに、集団は舞臺をつづけることで救われてきました。みえないけれどどこかにいる、藝能の宿神によって、芝居現場へとみちびかれてきたのです。だからわたくしを見捨てなかったまぼろしまであきらめるわけにはいきません。なんどでも勝負するしかないと思っている。じぶんのなかに、のたうちまわる手負いの獣をとじこめながら。

暝い絶巓から冥府がみえる。ひるむことはない。奈落へと墜ちるのは芝居者の禍福である。

わたくしたちは社会の埒外に棲んでいることの矜持を棄てたことはありません。そんな芝居者には世界のざわめきが敗者から投げつけられた礫のように思えます。人間がつくってきた社会はまつりごとによって支配され管理されるが、そういった軛から自由になろうとする自由はどのような為政者も奪えない。現実がどれほどに酷薄であったとしても、胸の裡に匿された夢見る意思をねだやしにすることは不可能です。虚業であるからこそ、現実にしばられることがない。大勢が理想の社会とあらまほしき世界をめぐって鴃舌を闘わせてきました。資本主義と社会主義との二大国の冷戦構造が崩れ、勝ち残った資本主義すら自壊してゆく臨界にわたくしたちは歩をすすめたにちがいない。イデオロギーではおしはかれない時代だからこそ、藝能と呼ばれる被差別的祝祭空間のありかたが問われてくるのだと信じています。

お上にはさからわず、したがわず。これほどわたくしたち山水河原者の本懐をいいあらわした言葉があるでしょうか。「生政治」という支配概念がささやかに暮らすひとびとの胸襟を暴力的な腕で荒らすなら、この言葉をわすれずに抵抗してゆくつもりです。近代化のなかで施行された演劇改良運動に叛旗をひるがえし、歌舞伎座を去った狂言作者三代目河竹新七には「籠釣瓶花街酔醒–かごつるべさとのえいざめ–」という傑作があります。かつて江戸の民衆はグロテスクで血みどろの無残の美をこよなく愛し、傾奇いていのちすらぼうにふる精神に喝采を惜しまなかった。おそらく現代ならば御法度にちがいない。犯罪が起こるたびに事件に影響をあたえた表現を容赦なく規制する息苦しい時代なのです。この世にみえないように仕組まれているものをひとびとの眼に曝し、風のように去ってゆくまぼろし。その可能性をわたくしたちはもういちど発見しなければなりません。